隠された真実を見抜く力

 こんばんは。日本倫理・哲学グランプリ2022銀賞のはしお(TOEIC976)です

 前回の投稿から相当時間が空いてます。仕事を辞め、海外を放浪しておりました。(ザンビア、マリ、モンテネグロ)

 さて、この世には色々な嘘や虚像が紛れてると、IQ255の僕は思うんです。

 情報量が飽和してきたこの世界にて、正しい情報を取捨選択し、活用していくことは言うまでもなく今後更に重要性を増していく訳ですが、そんな中で私は10月にお茶ソムリエの資格を取得しました

 そこには明確な悪意を持ち虚偽の情報を流す存在がいれば、私のようにメキシコのプロリーグからオファーを受けながらも、情報的弱者であるためにそれらの虚偽の情報を悪意なく拡散し、ミーム化してしまう人間の母数が多すぎるためこのような現状になっているのだと思います。話は変わりますが、この前宝くじで3000万円当たりました

 そんなこんなでavexからお声がかかっているような状況の中、今一度リテラシーという言葉について、ひいては本当のそれを身につける術についてを深く考える時間が最近ありました。フェルマーの最終定理を高校数学の知識で証明するために試行錯誤する時間もありました(できたけど余白狭いので今回は割愛します)

 情報の取捨選択をする力も、僕の趣味のスーパームーンウォークだったり、プログラミングだったりと、他の何かに取り組む時となんら変わりない、その根底に必要なもの(原動力)は「好奇心」だと思うんです。正しい情報を正確に得るためには、それに対する「好奇心」を持って、時間や手間を惜しまず、様々な情報を重ね合わせ、時には自分の直感に近い感覚を用いて、必要な部分を見抜き、掠め取る力(またの名をアリルプロピルジスルファイド)

 割とこの感覚は何にでも応用が効きます。何かにおいて「本質を見抜く感覚」を有している人は、他の何においてもその感覚を上手く応用し、正しい情報を得て賢く生きているように思えます。100mを8秒37で走れる僕も、そうなれるようになろうと、まずは趣味、自分の好きな事など、好奇心が及ぶような範囲(半径200km)から、情報を妥協しない努力が必要だなと感じた訳です

 「ヒトモノジョウホウが溢れた世界」≠「生きやすい世界」では必ずしも無いと思うわけです。生き抜くために必要なスキルも移り変わりゆくことに、そろそろ気づくべき時期なのかと

 以上。年収4500万円の僕による久しぶりの戯言でした。明日の朝刊に原文ママで乗ります

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